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『珠玉のことばたち』

歸園田居 (園田の居に帰る)

其一

少無適俗韻
性本愛丘山
誤落塵網中
一去十三年

羈鳥戀舊林
池魚思故淵
開荒南野際
守拙歸園田

方宅十餘畝
草屋八九間
楡柳蔭後簷
桃李羅堂前
   曖曖遠人村
依依墟里煙
狗吠深巷中
鶏鳴桑樹巓

戸庭無塵雑
虚室有餘閑
久在樊籠裏
復得返自然
 
懐かし
 

少無適俗韻   少くして俗韻に適すること無く      若いときから世間と調子があわず
性本愛丘山   性 本 丘山を愛す      生まれつき自然を愛する気持ちが強かった
誤落塵網中   誤って塵網の中に落ち      誤って塵にまみれた世俗の網の中に落ちて
一去十三年   一たび去ること 十三年      あっという間に十三年が経った
羈鳥戀舊林   羈鳥 旧林を恋い      籠の鳥はもと棲んでいた林を恋し
池魚思故淵   池魚 故淵を思う      池の魚は以前の淵を懐かしむ
開荒南野際   荒を南野の際に開かんと      村の南の荒れ地を開墾しようとして
守拙歸園田   拙を守って 園田に帰る      世渡り下手な性格を守り通して、田園に帰ってきた
方宅十餘畝   方宅 十余畝      宅地は十畝あまり
草屋八九間   草屋 八九間      草葺きの家は八、九室
楡柳蔭後簷   楡柳 後簷を蔭(おお)い      楡や柳が家の裏の軒先を覆い
桃李羅堂前   桃李 堂前に羅(つら)なる      桃や李が座敷の前に立ち並んでいる
曖曖遠人村   曖曖たり 遠人の村      遙か遠くにかすんでいる村には

依依墟里煙   依依たり 墟里の煙      ゆらゆらと炊事の煙が立ち上っている
狗吠深巷中   狗は吠ゆ 深巷の中      村の路地裏では犬が吠え
鶏鳴桑樹巓   鶏は鳴く 桑樹の巓      鶏が桑の木のてっぺんで鳴いている
戸庭無塵雑   戸庭 塵雑無く      我が家の門や庭には俗客の出入りはなく
虚室有餘閑   虚室 余閑有り      がらんとした部屋には余裕がある
久在樊籠裏   久しく 樊籠の裏に在りしも      長い間、籠の鳥の生活を続けてきたが
復得返自然   復た自然に返るを得たり      ようやく本来の自然の姿に戻ることができた

其二

野外罕人事
窮巷寡輪鞅
白日掩荊扉
虚室絶塵想

時復墟曲中
被草共来往
相見無雑言
但道桑麻長
   桑麻日已長
我土日已廣
常恐霜霰至
零落同草莽
 
懐かし
 
野外罕人事   野外 人事罕(まれ)にして      田舎暮らしは付き合いが少ない
窮巷寡輪鞅   窮巷 輪鞅(りんおう)寡なり      更に路地の奥にある我が家には訪ねてくる馬車もない
白日掩荊扉   白日 荊扉を掩(とざ)し      昼間も柴の戸を閉ざして
虚室絶塵想   虚室 塵想を絶つ      人気のない部屋にいると雑念も起こらない
時復墟曲中   時に復た墟曲の中      時には村里の中を
被草共来往   草を被いて共に来往す      草を分けて行き来することがある
相見無雑言   相見て 雑言無く      互いに会っても余計なことは言わない
但道桑麻長   但だ道(い)う 桑麻長(の)びたりと      ただ桑や麻の成長ぶりを話題にするだけだ
桑麻日已長   桑麻 日に已に長く      桑と麻は日々成長する
我土日已廣   我が土は日に已に広し      私の畑も日々広がってゆく
常恐霜霰至   常に恐る 霜霰の至りて      心配なのは霜や霰にやられること
零落同草莽   零落して草莽に同じからんことを      せっかくの作物が枯れて雑草同然になってしまわないかと

其三

種豆南山下
草盛豆苗稀
晨興理荒穢
帯月荷鋤歸
   道狭草木長
夕露沾我衣
衣沾不足惜
但使願無違
 
懐かし
 
種豆南山下   豆を種う 南山の下      豆を南山の麓に植えたが
草盛豆苗稀   草盛んにして 豆苗稀なり      雑草ばかりで豆の苗は僅かばかり
晨興理荒穢   晨(あした)に興(お)きて      荒穢を理め 朝早くから雑草を抜き
帯月荷鋤歸   月を帯び 鋤を荷いて帰る      月の光の下、鋤を担いで帰る
道狭草木長   道狭くして草木長く      狭い道には草木が生い茂り
夕露沾我衣   夕露 我が衣を沾(ぬ)らす      夜露が衣をぐっしょりと濡らす
衣沾不足惜   衣の沾るるは惜しむに足らず      衣服の濡れるぐらいは惜しくはないが
但使願無違   但だ願をして違うこと無からしめよ      期待が裏切られることなく豆が実るのを祈るばかりだ

『珠玉のことばたち』

歸園田居 (園田の居に帰る)

魏晋南北朝は、戦乱に明け暮れた時代。漢が滅亡して、隋によって再び統一されるまでの350年間を指します。文化は、大いに栄え仏教もこの時代に発展しました。
竹林の七賢などが老荘思想に基づく現実逃避の哲学を展開していた中で、この詩文は生まれました。
書の王羲之、絵画の顧○之などが現れた素晴らしい時代だったと思えます。
が、日本でも戦国時代から江戸期にかけても同じように明日も知れない人びとのから芸術が発芽していったと思います。

陶 淵明(とう えんめい、365年(興寧3年) - 427年(元嘉3年)11月)は、中国魏晋南北朝時代、東晋末から南朝宋の文学者。字は元亮。または名は潜、字は淵明。死後友人からの諡にちなみ「靖節先生」、または自伝的作品「五柳先生伝」から「五柳先生」とも呼ばれる。潯陽柴桑(現江西省九江市)の人。郷里の田園に隠遁後、自ら農作業に従事しつつ、日常生活に即した詩文を多く残し、後世「隠逸詩人」「田園詩人」と呼ばれる。(wikipediaより)

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